2005年1月8日に、上越教育大学において開かれた第3回「臨床教科教育学セミナー」で発表した論文です。

 

〈対話法〉を応用して共感能力を育てる授業

浅野 良雄(対話法研究所)

要約

 〈対話法〉は、浅野が提唱している平易なコミュニケーション技法であり、「相手が言いたいことの確認」が唯一の決まりである。浅野は、中学校の総合的な学習の時間に、相手の気持ちを想像する力を育てることを目的に授業を行なった。その結果、「相手の気持ちに焦点を当てる」というシンプルな素材と指導法だけでも、対話場面における対人関係の複雑さと面白さを実感させることができた。

キーワード コミュニケーション、対話、傾聴、共感、国語

1.問題の所在と提言

 対人関係における共感の重要性とともに広く知られている積極的傾聴(話し手の言葉だけでなく内面の感情も聴き取ること)は、もっぱら専門家がつかう技法として発展してきた。そのため、技法が高度に細分化されることが多く、専門家以外は習得が難しい。たとえば、アイビイ(1985)は、カウンセラーの基本的傾聴の連鎖として、開かれた質問、閉ざされた質問、はげまし、いいかえ、要約、感情の反映をあげている。しかし、このままでは、広く一般の人たちへの普及には適さないであろう。したがって、コミュニケーション技法の習得のみに多くの時間を割けない教育・福祉・医療関係者などの対人援助専門職には、もっと平易で要点をおさえた技法が実用的であろう。また、単純なコミュニケーション技法は、子どもたちの社会性を育てる教育活動にも役立つものと思われる。
 浅野(2000)によって1994年に考案された〈対話法〉は、「自分の考えや気持ちを言う前に、相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる」ことを唯一の原則としている。とくに後半を、「要点確認技法」として重視している。〈対話法〉は、コミュニケーションの要点(送り手の意図どおりにメッセージを伝えること)をおさえつつ技法を平易にしたところに一番の特徴がある。日常の対話場面の要所で、この原則に立ち戻ることにより、誤解の防止とラポール(信頼関係・安心感・親密さ)の構築に役立つことが知られている。
 〈対話法〉は、現在、各地で普及活動が行なわれており、さまざまな場所で効果が発揮されている。学校教育関係では、小学校で養護教諭が中心となって〈対話法〉を活用し、他の教師たちも学級経営に役立てているという江川(2004)の報告がある。また、2004年9月には、新潟県内のT小学校の2学年と3学年の各1クラスの児童を対象として、担任教師と浅野が一緒に、本稿で紹介しているものとほぼ同じ内容の授業を行なった。
 本稿では、2000年の9月に、浅野が、生徒の共感能力を育てる試みとして行なった授業の概要を紹介する。

2.共感能力を育てる授業

 浅野は、群馬県内のS中学校における総合的な学習の時間の中で、「心を伝え合う」をテーマとした授業を行なった。対象は1学年全体の約50名であった。
 授業の目的は、共感能力の育成につながる具体的な技法を身に付けさせることにある。なお、本稿では、共感能力を、「相手の考えや気持ちを想像できる力」という意味でつかうこととする。
 授業の具体的な目標は、聞き手からの応答によって相手の感じ方が違うことに生徒みずからが気づくこと。さらに、できるだけ相手の気持ちを大切にする応答ができることである。そこで、〈対話法〉の原則にある、「相手が言いたいことの確認」を重視しながら授業を展開した。
 なお、この授業は50分という時間的制約があったため、〈対話法〉の理論や要点確認技法の詳細を伝えることは目的から除外した。

2.1.授業の経過

(1)浅野が、「きょう、S君が遊んでくれなかったんだ」という文章を板書して、「もしも、友人のK君がこのように言ったとしたら、皆ならどのように応えるかな?」と生徒に問いかけた。
(2)すぐには発言がなかったため、「K君は、どんな気持ちなんだろう」「K君はなにを言いたかったのだろう」とヒントを出した。
(3)生徒の発言(応答)を浅野が板書した。いくつかの応答例をつぎに示す。
 (a)S君となにかあったの?
 (b)つまらなかったよね。
 (c)それでどうしたの?
 (d)もっと強く「遊んで」って言えばよかったのに。
(4)それぞれの応答の良い点や注意点について、立場を替えて考えさせるために、「今度は、皆がK君の立場だとして、(a)〜(d)のように言われたら、どんな感じがするだろう?」と問いかけ、相手の気持ちを想像させた。
(5)それぞれの応答に対して、生徒からつぎのような意見が出た。
(a)「S君となにかあったの?」に対して:
・僕がK君だったら、いろいろとわけを話して聞いてもらう。
・わたしだったら、なにか探られているようで、それ以上言いたくなくなってしまう。
(b)「つまらなかったよね」に対して:
・自分の気持ちがわかってもらえたようで嬉しくなる。
・安心して、わけを話したくなる。
(6)それぞれの応答が相手に与える影響を自由に話し合わせたあと、「話し手がなにを言いたいのかを想像して、それを確かめてみると、相手が安心する」ことを伝えて授業を終えた。

2.2.考察

 今回の授業では、相手の発言から相手の気持ちを想像する(2)の発問と、自分の応答に対する相手の感じ方を想像する(4) の発問の2カ所で、意識的な共感(相手の感情を感じ取ること)を体験させた。
 また、授業の中で、生徒が他の生徒の応答を聞くことにより、同じ話(K君の発言)を聞いても、人によっていろいろな受け取り方や応じ方があることを知ったところに意義がある。
 しかも大事なのは、指導者がこれらを知識として教えるのではなく、生徒自身が自分の感性で気づいたところにある。なぜなら、対話をはじめとする対人コミュニケーションの技法は、理論や心構えを教えてもらって、それを単に覚えるのではなく、実際の対話を通して体験的に学ぶことが重要だからである。
 ここで行なわれた授業における指導上の注意点は、「生徒からどんな意見が出ても、決して非難や否定をしないこと」である。そのためには、指導者自身が、〈対話法〉あるいは積極的傾聴を身につけている必要がある。これは、生徒にモデルを示す意味でも重要である。
 このような授業をとおして、生徒に、人間の「こころ」の動きを体験させながら、相手の「こころ」に向き合うための具体的な方法を伝えることができる。また、授業の過程全体が、生徒の共感能力を育てる一助になるものと考える。

3.まとめ

 共感能力を育てることを目的とした授業は、国語や道徳教育の一環として、さまざまな教材や指導法が工夫され、実践が行なわれてきた。しかし、本稿で紹介した授業のように、特別な教材を用意しなくても、「相手の気持ちに焦点を当てる」だけで、生徒にさまざまな感情を体験させることができた。「こころ」に関する授業は、今後ますます重視されるであろうが、シンプルな素材と指導法であっても、対人関係の複雑さと面白さを、生徒に実感として伝えることができるのである。

参考文献

1)アイビイ,A.E.:「マイクロカウンセリング」
  福原真知子・椙山喜代子・國分久子・楡木
  満生(訳編),川島書店,1985
2)浅野良雄・妹尾信孝:「輝いて生きる」,83-172,文芸社,2000
3)江川律子:「学校教育における〈対話法〉の実践」, ヘルスサイエンス研究, 第8巻1号, 63-66, ぐんまカウンセリング研究会,2004