高齢者介護施設職員への〈対話法〉の試み 著者:清水敦彦・浅野良雄 要約:
カウンセリングにおける傾聴技法のみを取り出して、それを単純化した〈対話法〉を、ある老人保健施設での職員研修の一つとして取り入れている。
介護福祉関係の施設で必要なのは、心理治療的な応答よりも、利用者とのコミュニケーションを促進するための応答であるため、カウンセリングよりも〈対話法〉という観点を導入する方が現実的である。
〈対話法〉の原則は、「自分の考えや気持ちを言う前に、相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる」というものである。研修においては、ロールプレイングという形での〈対話法〉の原則にそった練習が中心になる。
〈対話法〉は、まだ知名度は低いが、技法が単純な割には、カウンセリングの学習と比べて効果的な技法であるとの評価が高まりつつある。
1. はじめに
浅野は、1994年に、従来のカウンセリングにおける傾聴技法のみを取り出してそれを極限まで単純化したものを独自に開発し、それを〈対話法〉という造語で呼ぶことにした。その後浅野は、機会あるごとに〈対話法〉を提唱し、主に公民館などの生涯学習の場において実技講習などを行なっている。それらの実践から、〈対話法〉を広く一般の人たちに身に付けてもらうことにより、快適な人間関係の構築に役立つということが分かってきた。
さらに、2001年の2月から、桐生市内のK老人保健施設において、職員研修の一環としてひと月に2回の割合で〈対話法〉を中心としたコミュニケーション技術や対人関係についての学び合いの機会を得て、現在に至っている。参加者の職種は、医師、薬剤師、管理栄養士、看護婦、ホームヘルパー、支援相談員(ケースワーカー)などである。
医療・福祉等に関る専門職の人たちに〈対話法〉を継続的に学んでもらう機会は、同じく桐生市内のK小児科医院での実践以来2回目である。
この小論では、〈対話法〉の概要を説明すると共に、K老人保健施設での研修内容を紹介する。2. 〈対話法〉とは
はじめに、〈対話法〉が生まれた経緯と、その概要について触れたい。
日常生活でのカウンセリング・マインドの重要性が認められ始めてから久しい。より洗練された対人関係技法が必要とされる医療・福祉・教育の現場ではなおさらである。そして、カウンセリング・マインドを実現する具体的な技法の一つとして、主に「繰り返し」や「感情の明確化」などの傾聴技法が紹介され、それを身に付けるべく各所において研修が行われている。
言うまでもなく、これらの技法を繰り返し練習することは、カウンセラーの養成に欠かせない。特に心理治療に近い意味でのカウンセリングならなおさらだ。しかし、心理治療が目的ではない日常の対人関係におていは、「聞くことに徹する」や「感情に焦点を当てる」を強調しすぎると、かえって弊害をまねくことが少なくない。ならば、カウンセリングという形ではない、まして心理治療ではないコミュニケーションにおいて基本的に大切なことはなんだろうか。浅野は、「コミュニケーションに必要な傾聴技法」と「カウンセリングや心理治療の技法の一つとしての傾聴技法」とを分けてとらえた方が適切なのではないかと考えた。言い換えれば、傾聴の重要性を、カウンセリングや心理との関係とは別にして強調するという視点である。またその方が、一般の人たちに馴染みやすく、かつ適用範囲が広がるとも考えた。〈対話法〉の場合、専門的なカウンセリングや心理治療をするのではないから、単純な技法でも十分に役立つ。また、単純であるということは、技法として理解しやすく、習得に要する時間も少なくてすむのである。
前にも述べたが、浅野が提唱する技法について、カウンセリングや傾聴という呼称を使わずに、あえて〈対話法〉という造語を用いることにした。なぜなら、カウンセリングや心理治療という限定された場だけでなく、日常生活で使えることを強調したかったからである。別の言い方をすれば、日常生活では、話し手、聞き手という関係が固定している場合はほとんどなく、相互に話す、つまり文字通り「対話」をする関係が多いからだ。
こうして浅野は、カウンセリングや傾聴に替わる技法と、その練習方法を総称した〈対話法〉の普及活動を始めたのである。
巻末に、〈対話法〉の練習をする際に参加者に配付している印刷物を掲載するので参考にしていただきたい。1)〈対話法〉の原則
〈対話法〉の原則は、「自分の考えや気持ちを言う前に、相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる」というものである。一方カウンセリングの研修では、「カウンセラー側の考えや気持ちは言わないこと」という指導がなされる場合が多い。これは、心理治療という要素が強いからだ。しかし〈対話法〉の場合は、日常のコミュニケーションが目的なので、あくまでも相互交流が行えるように配慮している。つまり、「相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる」ことを行なった後では、自分の考えや気持ちを言ってもいいのである。
また、カウンセリングでは、「繰り返し」や「感情の明確化」などと幾つかの技法に分けているが、〈対話法〉の場合は、「相手が言いたいことの要点を、相手に言葉で確かめる」という程度にとどめ、あえて技法を一つにしている。技法の数が少ない方が覚えやすいので、カウンセリングに比べて練習も実践も容易であろうとの考えからである。2)交替の意義
通常「ロール・プレイング」と称するカウンセリングの練習では、クライエント役とカウンセラー役を固定したままで15分から20分程度行う。しかし〈対話法〉では短時間で役割を交替する。これは対話というものは、そもそも交互に行われるものだからだ。つまり、実際の対話の条件に近づけた練習を行う。また、お互いの心の深層に深入りし過ぎないようにとの配慮もある。それから、当然のことであるが、〈対話法〉と言うからには、聞くだけでなく発言の練習も必要だと考えるからだ。3)役割の呼称
一般的な「話し手」「聞き手」という関係では、一方通行のニュアンスが残ってしまい、〈対話法〉の本質がぼやけてしまう。まして、カウンセリングではないので、カウンセラー役やクライエント役とは呼べない。そこで、「発言者」と「確認者」という名称を用いた。少々堅い熟語ではあるが、実際の役割を表していると思う。3. 研修として〈対話法〉を選んだ理由
介護福祉関係の職員向けの研修の一つとして、カウンセリングまたはそれに類する内容の研修は従来から行われていた。しかし、いくら基本的な部分だけに限るとしても、複雑かつ熟練を要するカウンセリングを短時間のうちに習得することは難しかった。また、感情を重視するなど、どちらかというと心理治療の視点が強調されていた観があり、心理治療を専門としない職員にとっては、習得すること自体の負担が大きかったと思われる。また、中途半端に行なわれる「感情に焦点を当てた応答」は、相手の心を傷つけてしまう危険性もある。しかし、介護福祉関係の施設で必要とされるのは、治療的な応答よりもコミュニケーションとしての応答という要素が強い。そこで、カウンセリングより〈対話法〉を導入する方が現実的であると考えた。
一方、カウンセリングという場合は、話題の中に自然と悩みの要素が入るため、ロールプレイングを行う際の話の内容にとかく個人的な悩みなどプライバシーに関ることが多くなりがちで、職場の同僚同士で学ぶことに抵抗が少なくなかった。
しかし〈対話法〉の場合はどうかというと、あくまでもコミュニケーションの技法という視点なので、悩みや深層心理に触れることが少ない。また、感情の重視を強調しないので、日常の介護における対話に応用しやすい。
練習の場は、当然カウンセリングの場ではないので、あまりにプライベートなことや、無意識の領域に触れるような深い話にならないように気をつけている。ただ、参加者が少ないときは、一人ひとりの話に時間をかけることができ、日常の生活や業務の中でのストレス解消の場にもなっている。つまり、グループカウンセリングや、時には個人カウンセリングのような形態になるのだ。研修の内容については、なによりも職員の役に立つことをするという気持ちを忘れずに、臨機応変に切り替えている。
こんな場合、メンバーの所属が少しずつ違うことのメリットがでる。研修は職場ぐるみというものでなく任意参加となっているため、同じ職場の同僚が参加することが少ないので、多少プライベートなことも話しやすいという利点もある。
また、日常の職場では、利用者と一対一の関係をもつことが多く、コミュニケーション技法も自然とトレーニングされている職員が多い。したがって、3人で行う〈対話法〉の練習という設定の中では、「確認」ができる職員が多い。そういう職員に対しては、感想を話し合うなどの自然の交わりの中で〈対話法〉を使ってみることが、かえって新鮮に感じられるようだ。
看護や介護という職種柄、体調や食事のことなど、利用者に対して、いわゆる「事柄」を質問することが多い。〈対話法〉の練習でも、初めのうちは「確認」よりも「質問」が多くなってしまい、なかなか「確認」のコツをつかむまでが大変だ。カウンセリングの研修では、「質問はしないように」(してはいけないという意味ではない)と指導されるが、〈対話法〉の場合は、「確認」さえ忘れなければ「質問」もよしとされるので、看護や介護職の人たちにとって、カウンセリングの勉強をするより気が楽なようだ。4. 研修内容
〈対話法〉の上達のキーポイントは練習にあると我々は思っている。カウンセリングの研修では、カウンセリングや心理学の理論の学習にも時間が割かれるが、〈対話法〉の場合は、理論はいたって簡単なものなので、そのぶん、練習に十分な時間をかけることができる。
そこで、研修においては、基本的に〈対話法〉の練習が中心になる。参加者が多い場合は幾つかのグループに分かれて練習するが、最低3人いれば練習はできる。人数が少なければそれなりに密度の濃い練習ができる。1)練習の進め方
リーダー(講師)が〈対話法〉の原則を説明してから練習に入る。話し合いやジャンケンなどによって、3人ずつのグループに分かれてもらい、スタート時の役割を決めてから始めてもらう。練習中は、リーダーはなるべく口を挟まないで見守る。
確認する内容は、相手が言いたいことの「要点」である。「言いたいこと」であるから、実際に言葉にはしていなくても、「こういうことを言いたいのだろう」ということが聞き手に伝わったなら、それを確認することも大切だ。「発言者」が言いたいことと多少違っていてもよい。実は「確認するために相手の話をよく聞く」こと自体に大きな意味があるので、確認の内容が合っているか違っているかはあまり重要ではない。もちろん、大きく違っていれば「発言者」が訂正するから、大きな誤解を生じたまま話が進んでいってしまう心配はない。
原則的には3〜5分ごとに交替としているが、時間はそれほど厳密に計らなくてもよい。大事なことは、発言者の話を聞いているうちに自分の中に湧いてきた意見を数分後には言えるという安心感なのである。これが一般的なカウンセリングの実習ではほとんど行なわれていないことである。
初めての練習前に多くの参加者が言う言葉は、「3分では短すぎて何も話せない」や、逆に「3分もの間、何を話したらよいか分からない」ということである。しかし実際に練習を積み重ねるにつれて、短時間のうちに自己の内面に目が向くようになり、話の内容が充実してくる。また、3分という時間の短さが、かえって適度な緊張感を与えて、気持ちが引き締まるようだ。
「相手が言いたいことの要点を確認する」という原則が守られているかぎり、ほとんどの場合、なごやかな雰囲気の中で練習が進行する。相手の話を真剣に聞き合おうという雰囲気がその場にあるだけで、人間関係が快適なものになるからだ。リーダーはなにもする必要ない。2)感想を話し合う
普通、一回の練習が終わった後に感想を話し合う。この時も、必要に応じて「確認技法」を使うことを忘れないようにする。「確認」という行為を、練習のときだけでなく日常においても実践できるようになるための、ちょうど中間領域のような役割を果たすのが、感想を話し合う時間である。それは、練習と違って、立場が決っているわけではないので、臨機応変の切り替えが必要だ。それがそのまま〈対話法〉の実践に繋がる。
自由に感想を話しているうちに、だんだんと本音が出てきて、時にはメンバー同士の意見が衝突することがある。そういう時、世話人は、「確認技法」を用いて意見の流れを促進する。つまり、感想を話し合う時間は、世話人が確認の手本を示しながら〈対話法〉の効果を実感し合う場でもある。
時々、実践的な練習の意味で、講師が説明したことやメンバーが発言したことの要点を確認するように促している。たとえば、「私がいま言ったことの要点を、どなたか確認してみてください」というようにして、メンバーに確認を促す。実際、この確認がなかなか難しい。というのは、メンバーの誰も、まさか急に確認を促されるとは思っていないので、講師やメンバーの発言をあまり真剣に聞いていないこともあるからだ。また、きちんと聞いていたとしても、急に指名されると焦ってしまい、適切な確認が即座にはできない心理状態になる。しかし、だからこそ、この方法に意味があるのだ。3人で行なう練習の時はその役に徹しているからできることでも、一度役をはなれるとできなくなるのでは、あまり意味がない。〈対話法〉は、必要な状況になったときいつでもできることが大切だ。5. 参加者との質疑応答から
1)利用者への質問のしかた
メンバーから、「利用者さんに聞きたいことがあるとき、どうすれば良いですか」という質問を受けたことがある。受講者からこのような質問を受けたとき、すぐに答えないで、「より適切な質問の仕方を知りたいんですね」などのように、相手の質問の趣旨がさらに明確になるまで「確認」をすることが大切だ。このように実際の場でリーダーが行う確認行為が、メンバーの参考になる。
メンバーが知りたいことを確認しているうちに、「急に質問をすると答えられない利用者さんがいるので、困ってしまうのです」という言葉が返ってきた。
質問の趣旨が明確になれば、適切なアドバイスが可能になる。そこで浅野は、「『ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……』とか、『もし答えられるようなら答えてくださいね』などと前置きして、利用者さんに心の準備をしてもらうのが良いでしょう」とアドバイスした。浅野にとっては当たり前のことであるが、その参加者には新鮮に聞こえたらしく、浅野も嬉しくなった。
介護支援担当職員から、在宅介護をしている家族の会を運営するうえでのアドバイスが欲しいと言われたことがあった。ミーティングなどの際に進行役になる職員が〈対話法〉に習熟することが最も役に立つと伝えた。家族会を、介護に関する情報・知識などを伝える場としてとらえれば、専門的なアドバイスをすることが必要である。しかしそれに加えて、介護者の悩みを聞いたり、会員同士の心の交流によって、介護におけるストレスが軽減される。そこで職員としては、カウンセラーのような役割も必要とされる。だからといって、そこで心理治療をするわけではないので、〈対話法〉程度の関り方が最も適当だと思われる。2)利用者からの難しい質問に対する対応
医療や介護の現場では、利用者側に、相手は専門家なので何とかしてくれるのではないかという期待がつよく、受け答えに窮することがあるようだ。
たとえば、利用者から、「いつごろ退院できるでしょうか」などと、簡単に答えられないことを聞かれたとき、どう対応すればよいかという質問を受けることがある。
これがカウンセリングならば、退院したいという気持ちを受容したうえで、たとえば「どうすれば早く退院できるか一緒に考えませんか」という対応も可能だが、医療・介護の場では、心理的な受容・共感は当然のこととして、それ以上の「回答」が要求されている。または、利用者からそう要求されているように職員自身が感じている。そこで浅野は、利用者の気持ちに共感するだけでも大きな効果があること、そしてこれは〈対話法〉で対応できることだとアドバイスしている。
これらは〈対話法〉の範疇を越えていることではあるが、単にコミュニケーションの問題としてだけでなく、これからの専門職としての意識や利用者側の意識改革ともからみ、今後の大切な課題であろう。ただ、意識改革をするにしろ、そこではコミュニケーションが必要不可欠であるから、その場において、お互いの考えや意見を伝え合う〈対話法〉が役に立つものと思われる。3)話が止まらない人への対応
話を聞いてもらいたいと思っている利用者が多く、いったん話し始めるとなかなか止まらないが、そのようなときはどうしたら良いかという質問も多い。そもそも、利用者が話をたくさんしてくれるということは歓迎すべきことである。しかし、カウンセラーと違って、話を聞くことが主な業務ではないので、喜んでばかりいられないのが現状である。しかし〈対話法〉は、どちらかと言えば、話を促進する方法なので、話をストップさせる手段はもっていない。しかし、こうも考えられる。自分の話をきちんと聞いてもらえたという感覚が利用者の中にあれば、仮に話を途中で止められても、あまり不快感は残らないのではないだろうか。〈対話法〉によって、「よく聞いてもらえた」という満足が得られればよいのである。そこで、利用者が言いたいことを「確認」によってきちんと受け止めていれば、仮に「他の仕事があるので、きょうはこのへんで良いですか」などと言って話を途中で終わりにしても大丈夫ですよ、とアドバイスしている。しかし、まだこの効果ははっきりとは確認されていない。今後、研修を続ける中で、職員のコミュニケーション技術が向上し、〈対話法〉の効果が確認されることを願っている。4)インフォームドコンセントにおける確認
昨今、インフォームドコンセント(説明と同意)の必要性が重視されてきている。ところが、現場の職員に聞くと、説明はするが、それが利用者にきちんと伝わっているかどうか、ましてきちんと理解してもらっているかどうかまでは確かめていない場合が多いようだ。時間的な制約があったり、利用者、職員ともども、そういう習慣になっていないことが理由のようだ。我々の立場から言えば、伝わったかどうかまで確かめられてはじめて「説明」という行為が完了するのではないかと思う。もちろん、かつてのように、十分な説明もなく専門家のペースでものごとが進んでいった時代にくらべれば、どれだけ進歩したか分からない。しかし、今後の課題として、今述べたような意味でのインフォームドコンセントの必要性が重視されてくるだろう。そうした点でも、今後、〈対話法〉の活用の場が広がるものと思われる。6. おわりに
浅野が提唱している〈対話法〉の研修会の様子を報告した。〈対話法〉というのは、まだ知名度は低いが、これまでに関りを持ってきた皆さんからは、カウンセリングの学習と比べて簡単な割には効果的な技法であるとの評価をいただいている。今後は、これをさらに広げてゆく活動と並行して、〈対話法〉の効果を実証してゆく研究が必要であると考えている。■資料 省略
■参考文献
浅野良雄・妹尾信孝:輝いて生きる、文芸社、2000
浅野良雄:ヘルスサイエンス研究、創刊号、カウンセリングにおける〈対話法〉の適用事例、ぐんまカウンセリング研究会、1997
足利短期大学・研究紀要/第22巻(ISSN 0389-3278)
(2002年3月1日発行)から抜粋